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キャンピングウィークエンドは楽しかったよ!

久しぶりにキャンプに行った。この辺では、冬の間しか外へ出られないため、その短い冬の間、みんなキャンプとバーベキューを楽しんでいる。
殆どの人が家にBBQピットを持っていて、週末には友人を呼んでBBQパーティ。欧米人、というか英国人ですが、大体、自分の肉とアルコールを持ち寄って、自分が食べる分だけ焼く、というスタイルがこの辺では一般的。

そして、皆さん、野菜なんか食べないで、まずは、ソーセージ、スペアリブ、チキン、マトンのマリネしたやつ、そしてビーフステーキへと、肉だらけ。野菜とか魚なんか持って来る人は皆無。
BBQは人気なので、スーパーで味付けした肉もいろんなフレーバーで売ってます。
土地柄、串刺し肉のケバブ系も人気です。

ひき肉だけのバーガーってのもあるな。そう、ひき肉をバーガー型に固めたもので、それをBBQで焼いて、パンに挟んで食べる。味付けはケチャップ。マメな人はトマトの輪切りとか玉ねぎの輪切りを加えますが、だいたい、野菜抜き。

日本みたいに鉄板で焼きソバとか野菜炒めとか、焼きオニギリとか、そういう発想は無く、淡々と肉を食べています。
私はソーセージ半分で、もう十分。ソーセージでかいし、油っこいので、半分で十分、なのだ。

それでも気の会った人と、爽やかな気候の中、楽しく語らいながらビールを飲むのも楽しいもんで、良く参加していた。
が。
毎週同じ顔ぶれで、それも飽きてしまい、最近は全く参加しなくなっていた。

そうそう。キャンピングWeekend。
趣味の会の会員所有の別荘(農園、と呼んでいます。)でキャンプをした。 別荘の持ち主は、小金持ちなので、夕食/朝食とも参加者全員に御馳走してくれたので、今回、BBQは無しの純粋キャンプのみ、であった。食事の準備が要らないキャンプは、非常に手軽。

別荘は広大な敷地で、住宅部分もデカイ。5ベッドルームにプール。広大な庭には「農園」らしくナツメヤシのプランテーションが続き、ヤギ、はと、孔雀、七面鳥とかいろんな鳥、ウサギ、なんかが飼われていた。
週末に家族で来てのんびりすりらしいが、農園の維持等で、この別荘には4人の使用人が常時住んでるそうだ。

この別荘は、市内から車で1時間、オマーン国境に近い「山岳地帯」なのである。山岳地帯といっても、何も植物の無い乾燥した岩山が連なっているのだが、この岩山、白っぽかったり、オレンジ系だったり茶色だったり、いろんな色があって退屈しない。

28年前に買った別荘も、最近では地下水の汲み出し過剰で、地下水が枯渇し、農園の果樹(マンゴやレモン)が枯れていた。
かなり深く井戸を掘っても、もう地下水は無いと言っていた。

こんな山でも少し分け入っていくと、「Wadi」と呼ばれる、地下水の泉がある。そこには植物が生育し、泉が川のように流れて、乾燥した岩山の間に、まるでオアシスの如く、爽やかな緑を供給している。
キャンピングWeekend。楽しかった。

そうそう。
おまけ(笑) いろいろ思う事もあったが、ある朝、「時間だよ。」と起こしたら、ぼーっとした顔で私を見ていた、その瞳がとても安らかで、慈悲に満ちていて(笑)、もう、何でもいいや、と思えた。
英国人らしく、朝は紅茶。 そしてシャツのタグが見えた。BHS。(爆)
以前の私だったら、BHSでシャツ買うような人には絶対接近しなかったのにね(笑) BHSとは英国で展開されてるスーパー。庶民的な店だと思う。
そんな彼は、案外、心の広い人なのかもなと思ったり。優しい、思慮の深い人ではある。
この人が出現してから、一人の時間が激減して(笑)本を読む時間が無い。それはそれでいいのかもなあ。。。

キャンプの風景。これ荒野ではなく、別荘の敷地内です。 持ち主と趣味の会の世話役。


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by almarai | 2006-02-22 17:34 | 修行日記

全ては自分の中に答えがあるって、本当なのね?

昨日は、友人マルガリータと「メモリー・オブ・芸者」を見に行った。
「芸者ってね、芸術家兼売春婦兼最高のエンターティナーなんだよ。作法から各種伝統芸術を子供の頃からプロに習って、デビューを待つのだよ。昔、日本が貧しい頃、小さな娘が家族のために芸者置屋に売られたんだよ。」なんて話をして、それから映画を見に行ったが、そのまんま、のオープニングでした。

子役の子の笑顔がとても可愛かったな。大人になった「さゆり」は、やっぱ、中国人だなーと思ってしまいました。着物の着付け、というか収まり具合が、違うよね。桃井かおりなんか「板について」いるような気がしたけど(笑)

そして、渡辺健。いい感じに年を取ったなーと思いました。役所こうじ、も出演してて、きれいな英語を話しておりました(笑)
芸者物語、というより、ハリウッド、ですなー(笑)

さて、昨年の11月。安田隆さんという人の著書を読んで、とてもおもしろいワークが紹介されていたので早速実験してみた。
安田さんは、NLPなんかに造詣が深い人で、その理念を安田流にアレンジしてあって、NLPを超えてかなり拡大している気がします。

人の意識を扱うので、どうしても「気」の世界を無視するわけには行きません。というか、気の操り方そのものが本に書いてあるのですが。
あっさり簡単に書いて歩けど、これ、結構凄い内容なんですねー(笑)

私が実践したメソッドは、自分の目の前に3個の自分が入れる程度の輪を置くというワーク。
輪というより、境界線なので、紐で境界つくってもOK.
私はクッションで代用しました。

一番左が過去、中央が現在、そして右側が未来。
私は「パートナーとの出会い」に関して実験してみました(笑) 11月当時は「これ」と言った人もいなかったし、それより何より、そういう事に関心さえ無かったのである。
じゃあ、なんでそんな実験したかと言うと、本の「事例」が「今の恋愛の行く先」だったから(笑)
考えるの面倒くさいので、マネしたのである。

まず、願いが叶った未来。それはクッションの上なんだけど(笑) そこで、自分の望むパートナーの人柄、パートナーとの生活、そういうのを感情付きで、「思い切り妄想」(爆)
なんかね。あまりおしゃべりじゃない人で、結構女性的で(笑)そんなに背が高くなかった。
欧州人、という感じがした。髪がごま塩風(笑) 年下かな?という感じ。
生活ぶりは、それほど大勢の人が押し掛けるって事は無く、二人で料理したり、DVD見たり、「二人で」何かしてる事が多い、感じでした。
この人は調理や掃除やそういう一切を、ちゃんと自分で申し出る人でした(笑)金融関係の仕事?結構ストレスの多い仕事、って感じだった。

これ、やってみると分かりますが、次から次へとイメージが湧いてくるのです。
それこそ、紐で輪を作ってその中に立ってもいいし、私みたいにクッションでもいいし。「場」を限定できるなら何でもいいみたいですね。

未来を存分味わったら、深呼吸して首でも振って(笑)「今」に戻ります。私は個人的に「パンパン!」とカシワデを打つのが好きです。

そして「現在」を示すクッションに戻ります。
現在のクッションに乗っかって、未来のクッションを見つめます。そして自分に聞きます。
「さっき味わった未来に登場していたパートナーは1週間後に訪れます・・・いいえ。 では、3週間後。。。」と質問していって「パートナーが出現するのは2006年2月」という答えでした。

さらに妄想を深めて質問していったら、「プロポーズされるのは6月」という事でした(笑) 私結婚したいんでしょうか?(笑) で、実際、レセプションを開催するのは来年の1月、なんですと。

これが「妙に実感のある」イメージなんですねえ。不思議と。
そうなったらいいなあ、ではなく「そうなる」という確信みたいなもの。

そして、ひょんな事から食事に行って、あれ?と思ったら関係のはじまった人が出現。全く私の趣味の人ではないし、数年前の私だったら通り過ぎてしまったであろう、そういう人。
でもなんか、気が合う(笑) 押し付けがましくなく、俺は男とだという気負いも見られず、かといっていい加減って言うわけでもなく、「自然な感じ」の人。
私のメールに「本当に君らしいメールだ。なんてLovelyだ。」とか思う人。普通の人なら、シニカル過ぎて嫌がるんだけどね(爆)

多くの人に指摘された私の「欠点」。でもそれ、性格でなかなか治らなかったのですが(爆)、この人には欠点でなく「Lovely」と映る様子(笑) 人はいろいろだよねえ。

そのせいか、一緒にいて無理する必要も背伸びする必要も、何か私につけたす必要も全然無くて、本当に気楽(笑) かといって、気楽にリラックスしてるかというと、そうでもなく、私の本質「恥かしがり屋」(爆)が顔を出して、ずっと照れまくりでウツムイテいたりするんである(爆)

「なんて美しいんだ!もっと顔を見せてくれ!」なんて目の前で言われて「ホラ!」なんて顔を突き出すほど私もコナレテないつうか(笑)
この人、本気でそういう事を言うので(笑)、私はやたら照れてしまうのであった。

かといって、好きだ!とか思ってるわけでもないので、相変わらずヨガが優先順位の第一で、「ヨガに嫉妬する!」と言われる始末(笑) 友人とも以前通りに付き合ってるしで、この人の突然の登場で、天と地がひっくり返るような事も無い。

さー、どうなるんでしょうねえ?(笑)
私は去年の「実験結果」に似てるので、なんだかニコニコ笑いたい気分なのでした。
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by almarai | 2006-02-12 22:54 | 修行日記

瞑想の風景

瞑想が日常の風景になり、1ヶ月が経ちました。

さて、何か変化は起きたかというと、「何も変わっちゃいない。」(笑)
私も極力「瞑想をする事によってもたらされるものを期待しない、考えない」という、「執着しない状態に執着」(笑)しながら瞑想をしているせいか、適当適当。気にしてるのは「姿勢」だけ。自己流の「呼吸停止を主眼とした呼吸」をしてると、どんどん背中が上に引っ張られていく感じがします。

閉じたまぶたに、光を見るとか、そういうのはまず取り入れていません。かといって、ただ座っていても、マインドは雑念の巣窟になるので、意識を「掃除」に向けるように意識しています。
バハマランサ・ヨガナンダのように、「歓喜に満ちて」瞑想するなんて、夢のまた夢(笑)

でも。
執着しない状態に執着、していたとしても、執着しない、を試行錯誤しながら実践していく線上に「執着しない」が出現するに違いないと思うのである。瞑想事体を実践しなければ、まず、どこにも辿り着かないし、その前に「変化」や「受け入れる」気持を宇宙に表現できないのである(笑)

宇宙に表明した「わたし」と、日々生きてる私に矛盾があっては、宇宙が困惑する。そこで、私はそこら中に書き散らしているが「純粋化」が必要不可欠なんである。ちょっとした願望実現なんて、この「純粋性」だけで、どんどん叶うと思います。

では、一体何に対する「純粋性」かというと、
・自己実現として掲げた事象と、自分の本質に乖離が見られない事。
・心底、それを実現したいと強く思う事。何よりもその実現を純粋に信じること。
・この信じる、というマインドには「疑惑」も「疑念」も存在しない。
・そして望む結果が、実は自分に内在すると「知った」状態。

こんな感じかな。

人の性格によって、「かる~く」感じて実践していく人もいるし、歯を食いしばってコツコツの人もいて、誰か他人を探して、そいつに実務やらせようという人もいて。何でもいいのです。自分が「これ」と思う方法ならば。王道は、無いと思う。純粋性、はその個人にしか感じられないもの、達成できないもの、なのである。王道という名のマニュアルを取り入れても「のようなもの」しかゲットできないと思う。

そして、個人的な変化。
思い切り言い寄られている(爆) 普通なら無視するところだが、瞑想効果か何か「ありがたく受け入れる」方向に向かっている(爆)。むかしの私だったら考えも及ばないようなタイプ(爆)その人と一緒にいて「安心できる」という自分の直感だけを頼りに。だから細かい事は何も聞いていない。どうでもいいのだ、そんな事。(笑) その人がケンブリッジの出だろうが、Oレベル(英国では15歳から働くのが案外多いのだ。)だけであろうと、どうでもいいのだ。それよりも、私が感じた「安心感」を私は選択する。

まだ時間があまり経過していないので、詳しい事は知らないが(笑)、魔術師とかの世界には全く縁の無い人のようだ(爆) しかしながら、関心の無い人から見たら「怪しさ満載」(笑)の私の本棚を熱心に見ていた。何も言わなかったけど(笑)
この人は、きっとどんな事があってもあまり影響されず、静かに微笑んでるのかな、と思ったりする。そして「意図的」な何かを全く感じないところも、私は気に言っている。

平たく言えば、「意欲ゼロ」みたいな人で(笑) 何をするにも私の意見を求めるのである。かといって何でも受身かというとそうでもなく、デートなんかはちゃんと自分で提案してくるが。日にち、とか、行く先とかは私に決定権が。
コントロールされるのを極端に嫌がる私には、もってこい(笑) さて、これもどうなっていくんだかね(笑) とりあえず、「ロマンティックな」誕生日、クリスマスは無かったけど、バレンタインには間に合いそうです。メモリー・オブ・芸者でも観に行って、日本学習してもらおうかな?(笑)


友人宅の庭先のパペチュア。私の好きな花。

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by almarai | 2006-02-06 21:15 | 修行日記