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私が私自身になってみたら・・・もう、飲みに行かなくてもいいや!

カイラス!という私個人のマントラを発見した8月。
長い事、ふっきれなかった「ある事」に、自然なお別れが出来そうな気がした。別に今後一切Noというわけではないし、機会があれば楽しむ事もあるかも知れない。が、もう積極的にソレに癒しを求める事は、無いだろう。そんな事を思った。いや、ずっと思っていた。けど、「執着」が手放せなかった。

それは何かというと、「飲酒」である。 MC後、かなり酒量は減ったけど、でも、なんだかんだ、と飲みに出かけていた。娯楽の限定される土地柄、手っ取り早い娯楽が飲酒なのかも知れない。宗教的に禁忌されているにもかかわらず、飲酒が盛ん(笑) 人は禁止されると、余計、やりたくなる一面もあるのかも知れない。

知人の英国人も言っていた。サウジに居住してた頃、物凄く飲んでいた、と。サウジアラビアでは、アルコール厳禁、見つかったら絞首刑!まではいかないにせよ(笑)、禁固6ヶ月の後、国外退去、という重い刑。サウジの刑務所での6ヶ月は、それはそれは、ヒドイもんらしいです。そんな環境でも、人はアルコールを止められない。サウジでは、コンパウンドと呼ばれる住宅地(一軒家が固まって塀で囲われて、塀の中は治外法権的な雰囲気)の中のスーパーで、ブドウジュースから作ったワインを販売しており、テイスティングパーティまで開催されていたそうだ。

また、ジャガイモから作られる「ジェッダ・ジン」も伝説のアルコール。砂糖とかジャガイモとかレモンとかを1:1:1の割合で、、、と聞いたことがある。外国人コミュニティの中で、ジン自作名人とか、ワインの名人とかが存在していたそうだ(笑) 慣れれば結構、美味しいよ、とサウジ滞在経験者は口々に言うが。。。

何故に酒が必要だったのか?飲んでる最中は分からなかった、というか、そんな事考えもしなかったけど、今は心境の変化もあり、「インスタントな癒し」を求めていたのかもなーと、自己分析してみる。
が、しかし、もうこういうカタチで自己を癒す必要も無いと思うのである。酒なんか無くても、全然平気だもんね。飲酒への執着が消えていったのも「掃除効果」かと思ったりして。

とか何とか言いながら、具体的な例は昨夜の出来事。
私はヨガ教室を終えた後に、知人(友人の域まで達してないのだ。)と家の近くのしけたパブでビールを飲んでいた。別に飲みたかった、という程でもないが、その知人、随分若い人なんだけど、彼が寂しそうだったもんで、つい、同情飲酒(笑)に至ったのである。
私は私の家訓である「人にしてあげる事なんか、なんも、無い」をすっかり忘れ(笑)、ホントは話す事が無い若い人とカウンターに座っていたのだ。そして、どうでもいい話を延々と語り合っていた。

いやー、つまんなかった!(爆) 

それだけでは、ない。あまりツマラン時間を過ごしていたら、酒量が増えてしまい、多少、酔いの回った私は、しけたパブから徒歩でいける「ウワサのアフリカン・バー」に行きたくなったのである。さすがに、こんなトコ一人じゃ行けないしね。アフリカ人のバンドが入ってて、音楽がなかなかだ、との評判を耳にした。ずっと行きたかったけど、チャンスが無かったのである。そしてそのアフリカンバーは、「しけたホテル」という形容以下のホテルに入っている、のであった。

若い知人に、「明日休みなら、付き合え!」と脅かし(笑)、無理矢理同行させた。知人は若いのに、チンタラチンタラ歩くので、後ろから「待って下さい。歩くの速すぎます!」なんて叫んでる。アフリカンバーまでの徒歩5分、私はスタスタと歩き、知人は小走りに私の後ろを付いてきた、のである。
バーに着いてビックリ!お客の全部がアフリカ人!!暗くて見えなかったが、目が暗さに慣れてくると、いるいる、いるー!って感じ。
地理的にもアフリカに近いので、スーダン、ケニア、ナイジェリア、ウガンダ、ジンバブエ、南ア(物凄く多い)、エチオピア、とぞろぞろ、な感じ。
なかなか心地良いビートの音楽であった。

知人は、若い。それは結構な事だが、彼は男である。私のポリシーとして、、ポリシーというか長い習慣で、男性には奢らない。だいたい男が払う。友人でも、だ。しかし、この若いあんちゃん、いつも私に払わせる。というか、歩くのも遅いが金払いも遅い(爆)ので、テキパキした私が財布を出すハメになるのだ(笑)

私は自分に問うた。金払ってまで、このノロマな若い人(爆)と時間を過ごす価値はあるか?
答えは「ノオオオオオオーーー!」(爆)
彼は車が無いから、私がに送迎してるしな。あー、ヤダヤダヤダ!

私の心のどっかに、まだ、くすぶってる、「良い人にならなくちゃ症候群」が、私に行きたくも無いのに、「カワイソウだから=私が何とかしてあげましょうか?」という、もう私が手放す時期に来た想念が、私を若い人とのお出かけ行為に走らせたのであろう。

人は皆、ココロに神なり、ホトケを持つという。若い知人にも、内在する神はあるだろう。
でも、だからといって「ガマンして付き合う」必要なんか、全然無いわけで。私はもう、用事も無いのに、本当は会いたくも無いのに、人に会うのは、よそう。そう思ったのである。
そして、本当は会いたい人・・・・って、殆ど居ないのに気がついた(爆) うっひゃーー!!

しかし、事実を冷静に受け止めよう。
事実を受け入れる事が、次のステップに展開して行くのだろうと思うのだ。
自分が、ヤダナ!と思う事を自分にさせない。を実践できれば、自ずと、日常は「したい事だらけ。」になるのであろう。
私は帰り道、ふと思ったのだ。「もう、飲みに行かなくても、いいや。」と。飲み友達、って本当に飲み友達で、パブでしか会わないし。特に楽しい、って訳でもないし。
この余興は、もう、私の人生に無くてもいいな、そう思ったのである。
そして、気が進まない人-若い知人みたく-と、出かけることも、無理しなくていい、そう思ったのだ。

午前3時近くの、静かな町並みを歩きながら、これって、案外、画期的なブレークスルーかも知れない、そう思った。

さて、アフリカンバー。若い人は途中で眠たいとか言い出したので、「カエレ!」と言って返す。私はもう一回、ライブを聞きたかった。バンドの歌手が合間に話す言葉に、フランス語が交じる。聞けば、ミュージシャンは「コンゴ」から来たそうだ。
うーむ、コンゴ、かあ。。。

写真をとったら、店の人に注意された。写真撮影禁止、だそうだ。
その「違法写真」がコレざますね!!

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by almarai | 2005-08-30 16:42 | ヨガ-私の祈り

9月の目標!そりは・・・

なんだか8月の総括なんかしたら、9月の目標が立てたくなった!(笑)
ずっと気になってたけど、What’s ever reasonで、実行できていない事がある。

それは、瞑想。只管打座。そんなヤツ。

かつて、エゴの願望実現を盛んに試していた頃、潜在意識にアクセスして、なんかウマイコト物事進まないかいな、と短絡に考えて瞑想していた時期があった。
しかし、そーゆーのってのは、長続きしないね。ホントに心が欲してる事で無いと、継続は困難であるような気がする。
変わらない,という事ではない。むしろ、変革していく、変わり続けて行くのだろう。変化しながら、ソコに在る。そんな感じ。

ヨガにしても、ヨガが楽しいのは変らないけど、楽しみ方が全く変わっているしね。目的があってヨガをしてる訳ではない。理由らしい理由は、「終わった後の気持ち良さ!」が病みつきになっている?毎回、自分のカラダの違う面を発見できる??そんな感じ。

多分、瞑想も「目的」をもった途端に、退屈なモノに成り下がるのだろう、と思う。かつての私が目的意識で満ち溢れつつ、瞑想したいたように。
私のように、自分で自分自身を良く把握してない人は、ウカツに目的なんか持たない方が良いみたいだ(爆)
だいたい、目標を持ってみたところで、達成しても、或いは達成の途中で「挫折」するのである。
ソレに向かう事が「退屈」で、つまんなくなっちゃうのである(笑)そうなると、もう、私のような性格してると、継続は無理。
途中下車、しかないのである(笑)

自分を愛するレッスン中の私は、そういう重荷を自分に与えない(笑)だから、いいの。目標無くても。心の深いトコで、きっと「察知」してるとは思うから。心の思う事を選択して、楽しそう!と顔がホコロブ方向へ進めばいいのである。

友人に老後どうするんだとか(笑)、自分で家くらい入手せよとか、経済的なテコ入れに関し、ウンザリするほどアドバイスされている(爆)
そらー、私も同意しますよ。確かに「備えあれば、憂いなし」だけど。憂い、は次々やってくるし(笑)将来のために、爪に灯をともすような生活して、道半ばで死んでしまったら、なんか、つまんないじゃないの?(笑)と、反論してみたが。
どーしても、私のココロは、そういう方向になびかない(笑) 家。あればあったに越した事無いけど、天国に持っていけないでしょう?(笑)

もうね、ココまで来たら、好きな事しかしない!(笑) イヤな事は無理して付き合わないね。
で、9月の目標は「瞑想の実践」

なんでか、というと、ずっとしたかったから(笑) できなかった理由は、エゴの思いが強力で、ケッコンするぞとか(笑)激しい思い込みの世界に住んでいたから。そんな心的状況で瞑想してもなー、と思っていたのでした。

今は、その思い込みも、せっせとゴミ捨てしてたら何時の間にか、無くなりました!(笑) 
無くなったトコみると、案外、本心では望んでいなかったのかなーと思ったりして。

やっと、精神的に「静寂」が訪れたので、ここいらで、ひとつ瞑想でもしてみっか、と(笑)多分、完璧な、タイミングなのだと思う。目的なんか、ない。瞑想の醍醐味を味わいたいだけ、なんですね(^^) ヨガみたいに。
長年、蓄積した知識だけはどっさりとあったりして(笑) やっと機が熟した、ってんですか?

そして。長年心のどっかにあった、懸案事項「絵を描く」を再開しようかと思う。これも瞑想と一緒で、静寂な心が無いと、絵筆が握れないのである(笑)

9月は瞑想と絵画。
こうして、私は私自身への旅を粛々と続けるのである。
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by almarai | 2005-08-29 15:55 | 修行日記

8月を統括してみる!そこに何が見えるのだろーか?

8月が行く。なんかあったっけ?確か今月はブログの最初に目標立てたような?
うむうむ。
納豆!これは大成功!昨日、先週作った、納豆自作第二弾の様子を見に行ったのだが、「素晴らしい」の一言。スプーンですくった途端にクモの巣の如くネバリが糸を引く!友人と「凄いじゃんコレ~!!」と大感激。しかも、保温装置なし!中東のどうにもなんない夏(爆)も、納豆製作には最高。外(庭)に放り出しておく、というこれ以上簡単な方法は無い!簡単さで、私達に素晴らしい納豆を与えてくれた。

そして、私と友人がこんなにアッサリと納豆自作に成功できたのも、荒野を渡ってくれた先人の智慧のお陰なのでございます。豪州で各種食品自作に余念の無い「越後屋どん」が、納豆製作の先人として、紆余屈折して、納豆もどき(笑)を大量に作成してくれたお陰で、私と友人は、素晴らしいレシピと製作上の注意事項を教示頂き、失敗なく納豆自作が成功できたのです。
越後屋さん、本当にありがとうございます。

そしてヨガ。今んとこビクラムしか行ってないけど、かなりの充実度かも知れない。そして今まで長い事ヨガしてきたが、ずっと「インチキ」していた自分を発見!(爆)インチキ、ちゅうか手を抜いていたんですねー。こういう点にも自分の性格が反映しているねえ。真剣になれない、なりにくい性格(笑)ナンダソレ。
ヨガも手抜きでずーっとやってたから、身に付いてなかったのだねえ。反省、反省。
ビクラムヨガ教室で名指しでインチキを指摘するという(爆)、ブライアン先生の厳しい指導のお陰で、「いつも限界に挑戦!」に近い気持ちで、ヨガ90分を過ごすようになりました(笑)ブライアン先生、ありがとう!!

そして掃除、掃除、掃除。
同じ家でも掃除の度合いで、こんなに輝きが違うとは、我ながら恐れ入りました!多分、片付いてる部類に入る家と思うけど、長い事「テンポラリー」と思って暮してきたため、「私の住まい、テンプル!」という感じしなかったんだよねー。掃除して要らないものをどんどん捨てて、手をつけなかった闇(笑)を掃除したりしたら、あ~ら!不思議!家がどんどん輝き出しました!!
ついでに車の中も掃除し、普段持ち歩いてるバッグも掃除し(私は大きいバッグを持ち歩いてるので、デジカメ、本、メモ、etc、いっぱい入ってるのだ!)家の中の普段掃除しないクロゼットやらも片ずけ、古い衣類を捨て、履かなくて久しい靴を捨て、日本食の在庫を処分し、各種貯蔵品の大整理も敢行したのだ。靴は、ついに3年間、ほぼ毎日履いていた素晴らしい履き心地だけど、見た目は乞食靴(笑)となってしまったClarksの靴を遂に捨てた。同時に評判の悪かったデカバッグも捨てた!ちょっとダサいんじゃない?って思ったエクササイズ用品も捨てた!

MC終了後、さらにご飯や麺類、炭水化物一般への関心が薄れ、押し麦やら玄米をゲットしたというのに、まだ一度も炊いていない。今までになく「激しく自炊生活」しているが、その内容は「昆布の煮物」「ヒジキの煮物」「高野豆腐の煮物」「切干大根の煮物」と煮物ずくしになってしまった。今月はモロヘイヤにも飽きて(笑)購入していないな、そういや。というか、モロヘイヤ売ってるスーパーへ行く時間が無い。

何故に煮物?それは食材として家に在庫があり、日持ちがして、食物繊維が多いから!週に2回程度しか作らずに作り置きを食べ続けるには、あまり蛋白質や腐りやすいもんだと困るよねえ。んで、この日本食にそれほど執着してない私が、毎日、煮物を食べている!のである。

そしてフラックスシード。これをスプーン一杯「噛む」を実践。食物繊維の摂取もそうだが、私はこの際に出てくる「唾液」が健康にいいんでは?と思っています。妙に体調がいいのは、このフラックスシードのお陰かなあ?と思ったりして。

全般的に「クレンジング」がいい感じで進行してる、、と思うけど、今月は変な出会いと、変な終わり方(笑)が発生したよねえ。アレはなんちゅうか・・・勘違いというか。。いつもなら自己嫌悪が長引いて各方面に影響するのだけど、今回、それほどでもなかったなあ(笑)
さて、来週は9月!!また目標設定しよう、っと(^^)

今朝、切干大根を作成・・・つうか、大根を切って干しただけ(笑) 煮物でなく、漬物にしたいので、こんな形に切ってみたのでした!


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by almarai | 2005-08-28 22:41 | 修行日記

火星が大接近の日、私は・・・。

今日は、記念すべき火星大接近の日であるらしい。が、瞬間が修行な魔術師見習としては、特に星を見に行くツアーも挙行せず、フツーの暮らしを粛々と継続するのみ、、ちゅうのは、ちょっとしたエクスキューズで(笑) 

最近、爆発的な不動産開発ラッシュで、そこら中工事中なこの国。そのせいか、妙にホコリっぽくて、なんか視界が悪いのだ。
星を見に行くのもいいが、アレだねー、砂漠なんか障害物が無くて見物に丁度いいのかもですが、4駆ないしねえー。
それに、夏の最中で、暑い!

という事項が重なり、特に何かする事もなく、普通に友人に会い、本日のお題目は「切干大根製作」なんである。
友人は韓国スーパーで「韓国からし味噌」をゲットしたそうで、どうやら焼肉屋でサンチュに巻いて食べるあの「味噌」ではないか?という事で、本日、食すことになっています。

火星が接近しようが、こうして私の日常は日常として、そこに存在しつづけるのであった。

その後、例によってビクラムヨガクラスに行く予定。
ヨガ先生の親分、ブライアン先生に、最近は毎回「誉められて」(笑)いる私。なんつーか、毎回、マジメに限界に挑戦してるワタクシですから。
ワシのポーズを終えた後、ブライアン先生は私の側に来て「素晴らしい集中力だ!ワンダフル!」と言っていた。

うーん。確かに集中してるけど、巻いてる足(笑)が、立ってる足のふくらはぎ、に巻きつかないのである。クラスを眺めてみると、初心者であれ何であれ、殆どの女性はコレが出来ている。
出来てないのは、私と、凄いO脚のイラニアン美人と、男性だけ(笑)
私はO脚ではない。が、フレキシビリティに欠けるのか何か、全然、足が巻きつかないのよ。
なので、いくら「集中力」を誉められてもさー、満足出来無いのであった。

以前は少しでも手を抜いてると、ブライアン先生はスーっとやって来て「厳しく指導」するので、私は最近、あまり手抜きもせずに、精進している。そのせいか、クラスの後には、だいたい「Well Done!」とか声をかけてくれるのであった。

若いハイジ先生には、「ビクラムのトレーナーコースに参加しないか?」と勧誘された。そりゃ、毎日せっせと通ってる私を見たら、そう思うのかも知れない。
私は「いやー、チベットの山へ行こうと思って、これはそのトレーニングなのよー。」なんて答えていた。

人に教える、という選択は私の辞書に無い(笑) 考えた事も無い。ヨガに至っては、未だに究極の初心者と自己認識しているので、教えるなんてトンデモない。
ワシのポーズも出来無いし、木のポーズから座って片足でバランスを取るのも、まだまだ、両手を床につけていないとバランスを取れない私なのである。

ヨガは自分が「気持ちええ!」と思ってるから通ってる。それだけ、なんであるね。この修行が山行へのトレーニングになるような気は、あまりしないし。

私のストレッチ体操のようなヨガでは「三昧の境地」なんかに、至る事も至難のワザのような気がするけど、ヨガの奥義ってば、


≪ヨーガの成就 ≫

湖面のさざ波が月の姿を正しく映さないように、

私たちの心のざわめきが真実を覆い隠している。

ヨーガによって心のざわめきを静めたなら、

真の自己は自ら輝きでるだろう。


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そんな心境になってみたいもんだねえ(笑)


さて、これは「ガジャランタ」という名前だそうである。私がネパールで最初に感動した「出会い」。
この街に一箇所だけガジャランタが存在しているが、この気候のお陰で、先日もガジャランタの花が咲いていた。3ヶ月前にも咲いていたが・・・(笑)
これは、私の癒しの花、なので、火星接近の日でもあるし、ココへ置いて置こう。

ネパール、モンキーテンプルのガジャランタ

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by almarai | 2005-08-27 17:23 | 直感コメント

「何をしたいのか。明確になった途端に、なにかが起こる」 Byクリシュナムルティ

「何をしたいのか。明確になった途端に、なにかが起こる」 さすがに、インド人、いい事言うわなあ・・・。これって、魔術の基礎(笑・何でもその方向へ)

私が「マウント・カイラスへ!」と決意してから・・・何かが変わった?かな?良くワカラナイが、地殻変動が起きているのは、そこはかとなく、感じる。
んーと、ブラジルで蝶が羽ばたくと、シカゴで洪水が起きる、そんな感じかもしれない。

先般、知人と会話中のヘンな会話。確か、満月瞑想会の後の雑談だったと思う。友人の誘導瞑想は、友人の経験不足で「入れない」(笑)誘導瞑想なんだけれども、それはそれなりに、実りもあった。
「あなたの人生のMissionは?」という質問に、私は具体的な回答はなかったけど、それでいいんだ、と確信した。言葉に出来無いだけで、「知っている」という感じ。
そのまま、フィードバックの時に話したら、「何だそれ!それじゃ、Missonがワカラナイって事だろ?」と指摘されたのである。

だから、違うんだってば(笑) 言語化出来無いけど、それは「在る」の。そして、私はそれに向かって進んでいるの。

また質問される。「だから具体的に何?」

人のために生きる、とか、幸福を与える人になる、とか、そういうウソは言わないのが私の良い所(笑)そういうのは、過程の副産物で、目指すもんではないと、私は思う。もし、身の回りに、そういうのが目的だ、とか言う人がいたら、信用しない方が賢明だ!(爆)

私の人生のMissionなんて、物凄く個人的であって当然だと思う。だって、人のために役に立つなら、ヘンな話、私よりも、Let's Say、3億円の現金の方が、「役に立つ」度合いでいけば、高いかも知れない。
私、という個人の歴史と個性を持った個体でしか出来無い事、それをするために、私は「いま、ここ」に存在するのだと思う。

個性を極めた先に、「ワンネス」とやらが拡がっているのだ。魔術的な解釈でいけば、個性、インディビジュアルを極める事が、ワンネスに深く繋がる行為、なんだと思う。

私が「わたし自身」になりきり、私を愛してハッピーに出来る日々が、自然に沸いてきたら(笑)、それと同時に、私の住む「世界」が、愛に溢れた世界になるのである。
私自身をないがしろにしながら、愛に満ちた世界なんて矛盾は「起きない」事が、宇宙の秩序で決まってると思うんだ。

それが二元性の世界、と思う。

密教は一元の世界、という。そっか。長い道のりであったが、私が行く道は、これか、と思った。
別に何でもいい。が系統だっていた方が、やり易い。
そういう意味で(どういう意味だ?)、イスラムは学んでも学んでも、心に響きませんでしたのー。

密教とタオイズムには共通の何かもある。私は結構有名な台湾の風水マスターについて個人レッスンで風水を学んだ、という人にもちょこちょこ風水を学んだ。
風水も誕生日を基に、ホロスコープを出すのです。四柱推命に似た感じ。
そこで、自分の所属するエレメントもはじき出されるのですが。私は「土」性の強い人で、チャートには土を生産する(5行の組み合わせ上での相克関係で。)火が少ない。
ので、私のラッキーアイテムは「火」を象徴するもの、なんだそうだ。

あー、もっとキャンドルでも使用しないとね、と思ったりして。
そういう観点から世界を眺めると、また、面白いものが見えてくる。よーな気がする。

何かが起こる?かどうかは定かではないが、掃除をとてもマメに実施し、不要なものをガンガン捨てる日々、である。そういう行為が、多分、宇宙に対して「受け入れる準備が出来てるよ!」というサインになるのかも知れない。

私はもう、無理はしない。空が青いと思ったら「青い」と率直に答えるさ。
「いや、空は高い!」と反論する人がいたら、「それもそうかもねー。」と安易に答えよう(笑)
同調、する必要は無い。無理に共鳴する必要も無い。
私は私で、それで別に困らないし、いいんじゃないかと思った。

まずは、自分自身に同調、共鳴する。そこから、私の果てしない宇宙は始まるのだ!


火が足りない!から、ここへ火を置いておくぞ!!


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by almarai | 2005-08-24 21:19

日々の暮らしそのものが、カイラスへの道

唐突にやって来た「マウント・カイラス」。 時間があればせっせと情報収集に余念が無いワタクシ。
ネパールのアンナプルナ5日間のトレッキングを何の準備も無く、前晩も痛飲してイキナリ山に入ったのですが、あれは初心者用コースではなかった模様。高度にしても3千メートル以下なので、ハイキング気分だったけど、何の準備も無く、海抜ゼロメートル地帯で生活し、普段全く歩かない生活してる身としては、案外、いい線いってるかも?と自画自賛するのであった(^^)

検索したネットにもが書いてあったが、日本人、準備好き?(笑)カトマンズの空港でラサ行きのカウンターに並んでる欧米人は、なんかビーチにでも行くようなカジュアルは風情で、肥満度が高かったりで、そんなんでチベット大丈夫?って感じの人々なんだそうだ。
私がカトマンズで会ったフランス人女性医師も「エベレスト無酸素登頂」を目指す、普通の人、だったもんなー。

カイラス巡礼をした日本人一行。準備期間1年。カイラスの高度を考慮した低酸素の環境下で、自転車を漕ぐ、とかいう「訓練」を繰返したそうだ。そして日本出発前に富士登山をして、日の出に旅の無事を祈願し、滝行までして「禊」も済ましたそうだ。。。まあ、人によって旅の目的や意図が違うので、それもアリかとは思いますが・・・・凄いなあ(笑)

私は、とりあえずヨガを頑張って、粗食継続して、仕事をコツコツと続けて・・・。そうです。このままの日々が、カイラス巡礼へと続く道なのでございます。
何も特別な事をする必要は、無いのであるなあーと、しみじみと実感。

先日、会社の社宅が新しくなり、引越し終了した友人Mが新居に呼んでくれた。その引越し祝いギフトに、ダイソーで写真立てを買った。ついでに自分にもいくつか買い込んでみた。写真立てなんか買うの何年ぶり?という感じ。

母が亡くなり数年経過するが、「フレーム買って来て写真飾らなくちゃ。」と思い、そのままになっていたのである。やっと今回、その念願も果たし(笑)、母の写真も飾り、いくつかあった自分の写真も飾ってみた。
「ココはテンポラリーですぐ再婚して引っ越すから。」と自分を呪縛していた(爆)ので、家はシンプルで、ホントにテンポラリーな感じだったのである。意識が現実になる、という見本みたいな家(笑)

私はカイラスへの道も、この「わたしの家」も同質であると悟ったのであった(笑) いや正確には、「カイラス!」というマントラが降って来る前に、引っ越してから手をつけていなかったバルコニーのモノを全部捨てる、という快挙を成し遂げていたのである。

かなりなモノを捨てた。どんどん、どんどん、捨てた。そしたら、「カイラス!」が唐突に降って沸いたのであった。宇宙の法則通り?かなー。

家は普段から片ずいている。が、台所の奥深くに眠る日本食があったり、習慣で印刷してるネットの情報の山とか、そういう「不要」なものが見えない所にイッパイあった。それを、捨てたら、家の中が輝き出しました(^^)
私の意識の変化、でこんなにも違う家。なかなかの体験、でありますね。

週末の満月の夜のメディテーション。今回は「過去回帰」をテーマにしたものだった。5年前、10年前、20年前の自分に会いに行く、という瞑想。当然、出てきた「私」は、今の私自身が共鳴する部分を持った「わたし」でした。
5歳の自分に、10歳の自分に、今の私自身が抱えている「目の前の壁」を見たのでした。
で、思った。なーんだ、人ってなかなか変わらないもんじゃーん?と。

推命でもそう出るのですが、私の「命式」によると、私の人生のゴールデンタイムは7歳まで(爆) 残りの人生は・・・オマケ?
確かにある意味、恵まれていたかも知れない。が、今思うとゴールデンタイムの渦中の私は、何でも手に入る人生が「退屈」だったのだ(笑)
でも子供なので、「Who I am?」とかいう究極のクエスチョンまでには、思いが深く無かったんである。ただ、「こうじゃない。」という焦燥感みたいのを、ずーっと抱えていたなあ。

そうね。ずーっと自分自身と、根源の自分が乖離していたのだと思う。その「差」というか溝をどこかで知覚、自覚していたのであるなあ。長い事。
「自分自身を受け入れる」という発想も無かったしで。

そしてカイラス。
こんなにも、「私自身」と共鳴した事は無かったかも知れない。ワクワクするような高揚感は無いけれど、やっと見つけたぞ、という安心感が「カイラス」という言葉に象徴されるのであった。
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by almarai | 2005-08-21 17:37 | 修行日記

納豆製作に成功!庭に24時間放置でOK!あまりに簡単で、おいしい納豆!

8月の目標の一つを達成!納豆を自作したのだっ!(←越後屋調)
越後屋さんのレシピで作りました!!!!

越後屋さんはAUSで今は誰もいない冬、だそうで「保温器」を自作しておられましたが、越後屋さんの「40~45℃に発酵温度をキープ、に私は「そりは、ここの気温じゃないかい?って事は、外に放置しておけば、自然と納豆が?」と思ったのです。

一人よりふたり、と思い、友人の奥様を誘いました。乗り気になってくれて早速実行。奥様は気の遠くなるような日本食ストックをお持ちで、その中に、「自家栽培大豆」があったのだ。奥様は、その貴重な「ヤマト大豆(私の命名)」を差し出してくれたのだ。

が、実は、私も少し前、大豆とヒジキを炊こうと思って大豆を茹でたけど失敗(笑)、奥様も大豆を蒸した事も煮た事も無い、というので、ちっと不安なままにスタートしました。

蒸し器が無かったけど、良くある取っ手付きのパスタ茹で上げ用穴明きステンレスボールを鍋に入れたら、ピッタシサイズ!ああ、これは上手く行くな、と私は何気に思ったのでした。

ただ、蒸しても蒸しても大豆が柔らかくならず、奥様から越後屋さんに、是非、蒸し時間のアドバイスをお願いします、とのリクエストがありました。

大豆は蒸したら、楕円形になってしまいましたが、最初は丸かったそうです。
蒸した大豆をケーキ型に空け、納豆を混入した後、庭のヒサシの下、直射日光の当たらない場所に置いて終わり。
「こんなんでできるのかしら?」と二人とも不安でした。

翌日、奥様から連絡。「腐ってるわあ!とーっても臭いんだけどー。」あれこれ相談し、取りあえず、会社終わってヨガ教室終わった後に、納豆と初対面、という事になった。

世界納豆自作普及協会会長の豪州在の越後屋さんによると、納豆は「五感」で味わうとの事で、発酵食品でもあるので、「おや?」と思ったら無理して食わない等の注意書きがあった。
奥様は「なんだか怖くて」という事で、味見が出来ずにいたのである。
私が到着するや否や、奥様は冷蔵庫に鎮座していた「自作納豆」を取り出して来た。

臭いを嗅いでみる・・・むむむ、納豆である!
スプーンにて掻き混ぜてみる。 なんと粘り強い!!
そして口に放り込んでみる・・・・な、な、納豆だああ!!!!

「奥様、大成功!!」そのまま私は奥様が用意してくれたごはんに納豆を降り注ぎ、美味しく頂きました!!
奥様もおそるおそる食べてみる。 「あらー、おいしいわー。」
見た目はチョットですが、初体験としては上出来だと思いました。奥様は「明日、引き割りにして食べる!」と言ってました。
私はモロヘイヤと納豆を混ぜてお弁当にしました。さっき食べ終わったばっかり!!おいしかったよ!!

今週末、また挑戦しようという事になり、先ほど、韓国スーパーに行って「韓国大豆」をゲット。
これで今週挑戦します。

それと、奥様の日本食ストックに、大量のアズキがありました。Mathaさんのブログで「水ようかん」を見かけたので、コレだあ!と思い、奥様に言ったら、早速作ろう、という事になりました。

納豆は当地でも売ってるけど、冷凍だし高いし、多分、とても古いと思うので、自作に踏み切りました。水ようかんは、甘いもの苦手、特に和菓子が大嫌い(笑)な私が、食べてもいっかな、と思う数少ないスィート。ちょうど暑いし、いいね。

それに。
何かを自作する、というのは、とてもいい刺激になり、完成して食べる瞬間って、なんとも言えないドキドキ感がありました。
実験、という感じ???

今回は良い体験が出来て、御丁寧に作り方を教えてくれた越後屋さんに、感謝!でございます。

お味の方は、私がカトマンズでふらりと入った日本食屋の自作納豆に似ていた。ちょと固め、にできるみたいです。

これが「砂漠納豆」 ちょっと粒がデカイしら??でも、自作というだけで、とても美味しく感じました!!


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by almarai | 2005-08-16 20:07 | 世界の薬膳

わたし、が生きてるうちに。

何か、私の世界で地殻変動が起きてる感じでは、ある。

先週、自分がとても痩せたのに気が付いた。MC後、なんか食感というか嗜好に激変があり、穀物を食べなくなったのである。家族にわざわざ日本から雑穀や押し麦等を持ってきてもらったが、一度も炊いていない。茹で野菜、フルーツ、実にシンプル。粗食、小食なんである。

ヨガへの集中、という事は、ヨガへ行く機会が増える、と食べる機会が減る。私はヨガに限らず、どんな運動も空腹時しか出来無い、ちゅうか気持ち悪くなるんだよねー。ヨガに集中してると、何故か、食欲が減退する。食べたく無い、のではなく、「食べよう」という意識が沸かない。お腹が空かないのである。エネルギーが充満してる感じ。お腹が空かないから、「食べよう」という意識が湧かないのである。

3ヶ月間回数無制限、が非常に強力なモチベーションになり(笑)、今はビクラムヨガに集中しているが、多少の気分の優れない出来事とか、憂鬱な気分はヨガ中の汗で流れてしまうみたい。汗を「出す」行為が、多分に良いのであるね。出す、捨てる、クレンジング、、、みんな「わたし」からベクトルが外へ向いている。これを習慣ずけたいものだ。どんどん、出す。貯めないのだ。どんどん出す事が循環の活性化に繋がるのであーる。

そんな朝(どんな朝)、友人宅にお届けモノをしようと、高級住宅地を運転していた。朝の爽やかな、でも強烈な陽射しの中、しみじみと思った。生きてる間、そう、死ぬ前に、この私へ御褒美を上げよう。出来る限りの事をして喜ばせてあげよう、そう思ったのだ。

喜ばす事、で真っ先に浮かんだのが「Mt.カイラス」。チベットにある巡礼の山、である。6,000m級の山だったような気がする。英語で検索すると、かなりヒットしますね。
「巡礼」私はこの言葉に妙に惹かれる。巡礼と言う言葉で真っ先に浮かぶのは、すぐソコ、サウジアラビアにある「メッカ」だけど、あれは信者でないと行けないし。私は信者でないし。あれは、預言者モハメドの軌跡を辿ってるし、その際の逸話の場所を巡礼するので、「信者」深い意味でイスラムを信じてる人、でないとあまり意味が無いように思われる。
その次が、「サンチャゴ」。私の好きな作家、パウロ・コエーリョの本、その名もズバリ「Pilgrimage(巡礼)」(邦題は「星の巡礼」で、確かあの山川夫妻の翻訳だったと思う。)も、なんか感動しながら読んだし。
サンチャゴでもなく、メッカでもなく、私にとっての「巡礼」はマウント・カイラス、なのである。とてもしっくり、と腑に落ちる。

ある意味、日々の暮らしも「巡礼」であり、祈りそのものではないか、とは思う。しかし、たまには「異変」が必要である。刺激、かな。刺激が、何かを加速したり変化を促したり、起爆剤になったり、新たな展開を生んだりするもんだしね。巡礼、という行為を実際する事が刺激になり「わたし」が拡大していくかな、純粋化が高まるかな、と思うのだ。それが日々の暮らしの彩りを変えるだろう。そんな気がする。

マウント・カイラス。密教の聖地だそうですが、ただ山があるだけ。そこへ辿り着く道は、かなり険しいし、何と言っても6,000m級の山ですから。ツライですね。先般、2,700mで心臓が過剰に反応した私としては、やはりカイラスの山頂付近まで車で行こうかなと思案中。

なんというか、ヨガでも何でもそうですが、「限界」に接近した時に「本気」が出やすいみたいです。だから昔から、「修行」と銘打って、厳しい条件(肉体的、精神的に)下に自己をさらす、という事が盛んに行われたのであろう事は良く言われる事ではありますね。
限界、って多分無いのではと思う。が、自分が「思う」リミットというのは確かに存在する。何の根拠も無く、存在する。それが自分自身の境界線かというと、そんなことも無い。
過去の経験や体験や思い込みが、この「限界」という幻想を現実にしているのだろう、そう思うのです、はい。
そして日々の生活で「限界」に身を置く事ってあまり無い。今の自分の生活の中では、ヨガ教室で「肉体の限界に挑戦」してはいるが。瞬間、だもんね、これも。

地殻変動の余波で、いろんな事が起きている。正確には、視点の変化、である。昨日まで「素敵!」だった人が、「自分自身に焦点の合って無い人」に見えたり(笑)。視点の変化は感覚の変化を誘引し、わたしの世界は、変る。

そして、小さいけど、大きな発見。いや知ってはいたが、「腑に落ちて」いなかった事。全ては、一つである、という事。上は下で、下は上、という魔術の基礎(注:わたしが勝手に命名)が宇宙を支配している、という事。
例えば、道を歩く。歩道の美しい花に立ち止まる。「とてもキレイだよ。わたしに小さなハピネスをくれてありがとう。」と思える心、それが隣人愛と同様であると言う事。
今日の仕事を迅速に丁寧に終える事、それが、いつか自分の目標を叶えるという甚大な「作業」と同質だと言う事。
瞬間の選択が、未来の基礎工事、或いは方向性を決定する要因になる、という事。そしてその選択は「わたしの自由意志」であると言う事。
オフィスですれ違う、掃除夫。貧しいインドの田舎より出てきて、何も出来無い、あるのは「五体」だけなので、激安低賃金の「掃除」の仕事をしている。そんな見知らぬ人に、暖かい気持ちでマナザシを向けるのが自然になる頃、愛する事、というわたしの課題も、自然になってるのかも知れない。

そうか。だから「判断するな。」といわれるのよね。判断、が限界の誘因になるもんなー。左脳的な日常を送る私は、判断、分析に忙しい(笑) この習慣というか癖の方向を変える時期に差し掛かった、かな。

そう言えば、昨日用事でS君に会う。同じドイツ人の彼のアシスタントと一緒。どうやらアシスタント件遊び友達(肉体関係つき)の関係のようだ。時間に遅れて来て私は憤慨していたけど、その待ち時間に読んだ本に、後頭部を殴られたような衝撃を受ける。フロムの「愛すると言う事」という本。
S君と海岸を歩きながら、本の影響で何も言葉が出てこなかった。アシスタント嬢は「軽くカジュアル」な印象。私は彼女の存在は大して気にならず、S君の取り巻きの女性の一人、としか認識していない。
もっと私もS君がヨロコブような態度、言動を取ればいいのかも知れないが、私は哲学的な本を読んで、カイラス山に巡礼に行きたいような人間なんである。それが自分の本質なんだから、取り巻き女性のようには行動できないのである。そりゃ、カイラス山に巡礼に行きながらも、カジュアルな人間になろうと思えばなれる。なりたかったら、の話で。
私は、、、なりたくない。そう言うことだ。うん。

私はそこに、私とS君の関係に、私自身が長い事患ってきた「私自身と世間」の折り合わなさ、それによって引き起こされるフラストレーションの要因、を見た気がした。世界は、一つなんだね、やはり(笑)私がつまずく事って、要するにこういうこと。自分の中の「乖離」なんだよね。だから純粋化が必要なのだ。純粋化、とは不純物を排出してく、そう言うことなのだろう。
んー。何と言うか。自分を知る、そして自分を愛する。
そうすれば、おのずと、自分の居場所も、行く先も、決まるのではないかと思うのであった。自分を知る、自分を愛する、というプロセスの練習問題として、S君も登場してくれたのかな。
私が「私の世間」と折り合いをつける頃、S君は多分、そこにいないな。そんな気がした。

地殻変動の後の自分が楽しみである。

これがカイラス山。私を魅了してやまない山。今から、私は私の暮らしの端々に、カイラス山を見出して行く事であろう。


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by almarai | 2005-08-13 17:38 | 修行日記

サイレント ヨガ、ちゅうのを初体験

今日はボスが出張で留守。小うるさい駐在員(笑)も夏休みで会社はシーンとしています。
秘書のムスメと共同で、イージーな日にしました。
私は朝のビクラムヨガに参加して出勤は11時。私が会社に着いてから、秘書の娘は帰宅しました。お互い、よしよし、って感じね。

外は砂嵐で視界が悪いねえ。太陽の光が砂嵐で遮られ、霧が出てるみたいな感じ。太陽の光が無い分、気温は低め(43℃くらい?)だが、湿度がすごい。すごい。

朝のビクラムへ行ったら、参加者は私だけ。これは初体験。シバ先生のヨガ教室では「先生とふたりきり」はしょっちゅうだったが。シバ先生は熱心にアジャストするので、まるで、プライベートレッスンみたいで、私は好きだった、けど。
ビクラムはそれほどアジャストしないんだわなー。どうするのかと思ったら、ハイジ先生「サイレントヨガ」をすると。

ビクラムヨガは、先生がしゃべり通し、というか、言う事も大体決まってるみたいで、言葉によってEncourageしてる、って感じ。どうしても聞こえてくるので、何か、言われるままにカラダが反応していく、というか。
サイレントヨガは、そのしゃべり、というか指導が一切ない。なぜなら、先生もヨガを生徒と同じにしているから(笑)

ハイジ先生と二人、しーーーんとビクラムヨガをした。これはこれでいい感じ。
でも、ビクラムってエネルギーが大切だそうで、人数居た方がいいな、やっぱり。

そう言えば昨夜、ブライアン先生のクラスで私は厳しい指導を受けました(^^) ブライアンって私はこっそり「ゲイ疑惑」を持ってるのだけど。私は毎回、厳しい指導を受けるのである。
まー、原因作ってるのが私で、先生はそれを「指導」してるだけですが。

それはいつもクラスの後半、ダレて来た頃、そして私の苦手のヒネリ系が多い座るポーズの時に起きるのであった。
最初は両足を開脚して、片方の足に上体を乗せる、というポーズの時。私はクタビレていて、いつもハタヨガでシバ先生とやってるヤツでお茶を濁していた(笑)ら、ピーッとブライアンはやってきて、汗ダラダラの私の足を掴み、「足のひざの裏を床につける!お腹はへこます!額をヒザに!そして右半身を下に!」とビシビシビシ!と調整していった。

昨夜はもっとスゴイ。
私は苦手のヒネリポーズで、近道してポーズをはしょって、最終のポーズをしていたのであった。なぜなら、座ってひねるポーズの多く、私は腕が短いので正しいポーズが出来ない。なもんで、はしょってしまった。
ブライアンは、ビューっとすっ飛んできて、いつも、静かに一番端っこを陣取ってる私の前で説教を始めたのである。オイオイ・・・・。

「ねえ君、僕の説明を聞いてないじゃないか!1回目も無視してたね。30秒の説明をちゃんと聞いてそれに従えよ、え?僕は自分のベネフィットのためにこういう事言ってるんじゃないよ、君のため、君のためだよ!分かってる?」

と激しいイキオイだったので、私はボーっとしてたけど、余計、ボーっとしてしまった(笑)
でもさ、ヨガの先生にあまり好き嫌い作っても、「無制限3ヶ月コース」は始まったばかりなので、気にしないでおこう、と思ったのであった。

でもなー。ブライアン、ああいう風に「注意」するって私だけなんだよね。私は目立たず、騒がず、いつも端っこで、淡々とヨガってるんだけどなー。もっと注意した方がよさそうな人いっぱいいるのになー。

ちょっとイジケタ気分でヨガを終えたが、シャワーを浴びたらスッキリ爽快!で、今朝も行ってしまったわけよ。
そして夕方も!

行ける時は、思い切り行き、行けない時は、アッサリ諦める。という行動指針にしたのであった。
ブライアンに苛められても(笑)この指針に変更はないずらね。
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by almarai | 2005-08-10 21:46 | ヨガ-私の祈り

どうすっかなあ・・・行くべきか、それとも。。

いやん、もう帰社時間じゃーん。さっきランチのビクラムから帰ってきたばっかなのに。
今日は7時のクラスがあるんだよね。ランチのクラスは1時半から、なので3時に終えてシャワーして・・・って感じでした。

家族が滞在中も、両方参加するスケジュール組んでたけど、間にダンスやらマッサージやら入って忙しかったし、朝の8時半と夕方6時のクラス参加した時に、ハイジ先生が「クレージーガールズ!」なんて冗談言ってて・・・。でも8時半と夕方6時はいいよね。別に。

しかし、一時半と午後7時は近すぎる??
んがー(^^) 私は「3ヶ月Unlimitted Class」を購入したのだ。サマーキャンペーンで25%安かったから!!えっと1,250Dhs、342USドル、約4万円?安いのか?

なのでセコイ心理が働き、行ける時はガンガン参加しよ!って思うのだった。
そーだ、そーだ。先生に何言われたっていーんだもん。別にハズカシイ事じゃないもん。

よし、決めた。また行くぞ!!
他人の事なんかどーでもいいじゃんか、この際。
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by almarai | 2005-08-09 23:11 | ヨガ-私の祈り