これだ!!チベット密教の道から解脱へと!

うーん。
私的に大発見!やっと金鉱脈を発見したような、昂ぶった気持ちとどっかで「やっぱり!」という安堵感も感じている。
住んでる地域のイデオロギーの関係で、自由に本は手に入らないし、ワークショップとかの活動もかなり規制されているので、情報が少ないにもかかわらず、必要な情報(この場合本)は、順序良くやってくる。

奇跡としか思えない。この采配。
西洋魔術にかなり惹かれてはいるけど、なぜか実践に気がむかずに現在に至るわけだが(笑)、それは、その方向ではなかった、ちゅう結果論だけど、そういう事だったのかと勝手に納得。



あるがままの自分の心を知り、覚醒を保つことこそ、あらゆる道の心髄、全ての修練の根本、あらゆる霊的修行の到達点であり、あらゆる秘密の伝授の甘露、深遠なる究極の教えの核心だ。
心惑わされる事なく、覚醒した意識を持ちつづける事が必要だ。

それはどういう事か。
過去をおいかけず、未来を期待せず、現在沸き起こってくる幻のような思考を追いかけない。自分の内側に心を向け、自分自身の真の状態を観察し、過去、現在、未来という「三つの時間」の概念的な限界(戯論)を離れ、あるがままの境地を保ち続ける。

【ナムカイ・ノルブ、虹と水晶 P199より】

この週末、素晴らしい本を読んだ。本を読みながら興奮で手が熱くなる、という経験を初めてした。3冊を一気に読了して、中沢新一の文庫本を途中に挟んだ。氏は日本で唯一、ゾクチェンの教えを伝授された人物だそうだ。
かつてマスコミに良く登場してたけど、なんか好きになれなかったので、1冊も読んでいなかったのだった(笑)その本に、氏が伝授を受けていたラマとの会話が記されていた。


師匠「人生におけるライバルは何だろうか?」
弟子「自分自身?」
師匠「それは、死、である。生きている限り、死は生と一緒に伴走しているのだ。」

そんな内容であった。生きてるうちに、解脱しておけよ、って感じの説教。
私は「ガガガーン!」と来た。そうだ、死んじゃうんだっけ、そのうちに。ツマンナイ事にかまってないで、自分の好きな事、探求の道をすすまなくっちゃ!と痛感したのである。

生きてるうちに、カイラス山に巡礼に行くぞ!と願いを新たにした週末であった。
そして、10月に久しぶりにタイへ行く。バンコクに住んでる友人に久しぶりに電話をする。いたいた!(笑)
私の数少ないソウルメイト。5年くらい会ってないけど、この人とは一生、関係を持続させるであろう、と思ってる。
ウワサではバンコクで肝臓壊して重症と聞いたが、電話では元気そうだった。流暢な英語を話すノルウェー人だが、彼の英語がタイ英語に変わっていたのに、時間の流れを感じたのであった。
[PR]
by almarai | 2006-08-05 03:25
<< 私にゲイは向かないと思った朝 8月のヨガ! >>